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日本国内における特有のFB【ファッションビジネス】

Fashion

本記事の内容

  • インフルエンサーのビジネスモデルは本当に新しいのか?
  • 日本国内におけるFB(ファッションビジネス)の歴史、価値観
  • ファッションブランドにおける独特なビジネスモデル

WF海外ファッションオンライオンサロン

インフルエンサーのビジネスモデルは本当に新しいのか?

インフルエンサー

インフルエンサーの台頭

ここ数年、あらゆるメディアを通じ高い発信力を誇ってきた”インフルエンサー”
SNS隆盛時代にこうした現象、社会システムが生まれるのは必然の流れであり、インフルエンサーたち自身も自らの発信能力の高さをビジネスに繋げてきました。

個の力はより消費者目線へ

こうした時流の中で、彼らが台頭してきたことによりファッションの世界も大いなる変化を遂げB to BとB to Cの間のビジネスモデルが多く存在している。彼らが芸能人やモデルと違うのは限りなく消費者(フォロワー)に近い目線でビジネスを繰り広げているということです。

SNSやECサイトを駆使し、巧みにセルフブランディングを行い、決して多くはない頻度で消費者の前に姿を現し、購買動機を促す。今日現在、デザイン性やパターンメーキング能力、マテリアル…このような事項より、【個】の力が強いのは言うまでもありません。

日本国内におけるFB(ファッションビジネス)の歴史、価値観

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このように書き記してみると、確かにここ数年で市民権を得た新しいモデルのような気もするが、ここで”ファッション”というカテゴリーで振り返ってみて頂きたい。

1970年代~80年代にかけて高田賢三(KENZO)、三宅一生(ISSEY MIYAKE)、川久保玲(Comme des Garçons)、山本耀司(Yohji Yamamoto)らを筆頭に名デザイナーが誕生し、今日現在に至るまで日本のファッションシーンを牽引してきました。

川久保玲や山本耀司に至っては現在も最前線で毎シーズン、コレクションを発表し続けています。

彼らの顧客の中にはある意味、信徒化している層も見受けられ、デザイナー自身の圧倒的な【個】の力に魅了され続けているファンも少なくはない。高田賢三がパリにブティックを出した1970年から約半世紀が経とうとしている現在も世界的に認知されているファッションデザイナーは前述のままというのが現状です。

ファッションブランドにおける独特なビジネスモデル

ファッションブランド

入れ替えによる新たな価値の創造

昨今、世界的ブランドのデザイナー交代劇が繰り広げられ、様々な話題を呼んでいる。年齢、性別、人種を超えブランド内の血を入れ替え、新たな価値の創造に勤しんでいます。

2014年4月にA DEGREE FAHRENHEIT(エーディグリーファーレンハイト)の天津 憂 氏がHanae Mori designed by Yu Amatsu <後にHanae Mori manuscrit(ハナエモリ マニュスクリ)にブランド名を変更、2018/10を以って退任、2018/11/1付けで新デザイナーに松重健太を起用することが決定した>に就任し話題になったが、それ以降国内のブランドでそういった話題がニュースになるようなことは皆無に等しい。(社内デザイナーの引継ぎ、新ブランドの設立は除く)

ましてや、日本人デザイナーから海外のデザイナーに引き継いだ例はKENZOくらいなものであると記憶しています。

ファッションビジネスは新たなフェーズへ

ファッションの土壌や伝統、年数、国や政府によるバックアップ体制等…挙げ出したら様々な要因があるものの、この数十年【個】に対する価値観を絶対的なものとして掲げ続けてきた結果が世界四大コレクションを要する国々との違いを生んだのではではないかと考察しています。
 
インフルエンサーらがこの数年で作り上げたビジネスモデルは、方法としては確かに新しいものではあるが、根幹部分にある価値観を再度表面化させただけに過ぎません。B to Bのみならず様々なビジネスモデルが乱立してきているこの時代、ファッションビジネス自体も新たなフェーズに突入している。『平成』が終わろうとしている今、消費者側も作り手側も既存の価値観に縛られない選択、NEW STANDARDこそが必要とされているのではないでしょうか。

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